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名古屋地方裁判所 平成元年(ヨ)1164号 決定 1990年7月10日

申請人

河辺育三

右代理人弁護士

伊神喜弘

鈴木次夫

被申請人

フジタ工業株式会社

右代表者代表取締役

藤田一暁

右代理人弁護士

後藤武夫

安西愈

井上克樹

外井浩志

主文

一  申請人の申請はいずれも却下する。

二  申請費用は申請人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  申請の趣旨

1  申請人が被申請人の従業員たる地位にあることを仮に定める。

2  被申請人は申請人に対し、平成元年一二月一日以降本案判決確定に至るまで、毎月末日限り、一ケ月金三七万七二一〇円の金員を仮に支払え。

二  申請の趣旨に対する答弁

主文一項同旨

第二当事者の主張

一  申請の理由

1  申請人は、昭和四二年三月二九日被申請人春日井倉庫長に採用されて被申請人に入社し、同年八月一日名古屋支店長により現業員(現在の呼称は支店長採用者であり、以下、必要な場合以外は、区別することなく「支採者」という。)として採用され、平成元年一一月当時には、名古屋支店総務部資料室に勤務し、毎月末日締切り同月二五日払いで月額三七万七二一〇円の賃金の支払いを受けていた。

被申請人は、「停年は満五五歳とし、停年に達した月の末日に退職するものとする。」と定める名古屋支店長採用者就業規則(以下、「本件就業規則」という。)三八条に基づき、申請人(昭和九年一一月二一日生)は、平成元年一一月末日限り被申請人の従業員ではなくなったとして、同年一二月一日以降申請人を従業員として扱わず、同日以降の賃金を支払わない。

2  しかしながら、本件就業規則は、以下の理由により、無効であるか又は申請人には適用のないものである。

(一) 就業規則の不利益変更

(1) 申請人の入社時には、被申請人に支採者に関する就業規則はなく、申請人は、名古屋支店の尾田総務課長から、支採者には停年がなく、六〇歳でも七〇歳でも働くことができると聞いていた。

(2) 支採者に対する五五歳停年制は、昭和五三年六月一日施行の本件就業規則によって新設されたものであり、就業規則の不利益変更として、その適用には個別的同意を要すると解すべきところ、申請人は右変更に同意していない。また、仮に、変更された就業規則が合理的なものである限り、労働者は同意しないことを理由として、その適用を拒否することはできないとの見解に従うとしても、被申請人については、高齢者が多いとか、労働者の質に比して人件費が著しく高いなどの事情はなく、上記就業規則の変更に合理性はない。

(二) 就業規則作成手続の法令違反

(1) 本件就業規則は、名古屋支店の労働者の過半数を占めるが、支採者の加入を認めていない職員労働組合の意見を聴取して作成されている。

(2) 当時、支採者で組織された労働組合はなかったのであるから、被申請人は支採者の過半数を代表する者の意見を聴取すべきであり、右手続を経ていない本件就業規則は、労働基準法九〇条一項に違反し、無効である。

(三)(1) 申請人は、被申請人の前取締役で当時広島支店顧問であった兼山二見の紹介で入社しており、「二、三年たったら職員にする。」と言われていたうえ、入社後は職員の就業規則を含む規程集を渡され、職員の就業規則が改正されるたびに規程集の追録を受け取っていた。

(2) したがって、申請人は職員に準じた扱いを受けていたと解すべきところ、職員就業規則によれば、職員の停年年齢は満六〇歳である。

(四) 職種別、事業場別停年制の均等待遇原則違反

(1) 前記のとおり、職員の停年年齢は満六〇歳であり、高年齢者等の雇用の安定等に関する法律の趣旨、民間企業においても六〇歳停年制が主流になっていることに鑑み、支採者にのみ五五歳停年制をとることは、労働基準法三条に違反するか、現行法秩序の平等取扱いの法理に違反し民法一条二項及び三項により無効である。

(2) また、大阪支店事務・技術職就業規則や広島支店雇就業規則では停年年齢を満六〇歳と定めている。事業場ごとに停年年齢が異なることは、労働基準法三条に違反するか、現行法秩序の平等取扱いの法理に違反し民法一条二項及び三項により無効である。

(五) 労働協約の一般的拘束力

(1) 職員労働組合は、昭和四八年一一月、被申請人との間で六〇歳停年制の労働協約を締結し、被申請人はこれに基づいて職員就業規則を改正し、同年一二月一日から職員の停年年齢を六〇歳とした。

(2) 平成元年一〇月三一日時点における名古屋支店の全従業員数は三一二名であり、うち職員は二七七名であるから、労働組合法一七条に基づき、右労働協約は支採者たる申請人にも適用され、停年は六〇歳である。

3  申請人の家族は、妻及び大学一年と高校三年の子二人であり、妻は教員として平均月収税込五八万六〇〇〇円、年収七〇〇万円余りを得ているが、妻の収入は仮処分の必要性において考慮すべきではない。また、妻の収入を考慮に入れたとしても、申請人家族の月平均支出額は合計八二万四三〇九円であるから、申請人が賃金の仮払いを受けなければ、生活に困窮することになる。

二  申請の理由に対する認否

1  申請の理由1の事実は認める。

2(一)(1) 同2(一)(1)のうち、申請人の入社時に支採者に関する就業規則がなかったことは認め、その余の事実は否認する。

(2) 同(2)のうち、支採者に対する五五歳停年制が昭和五三年六月一日施行の就業規則によって新設されたことは否認し、その余の主張は争う。昭和四七年九月一日、現在の支採者に相当する現業員に適用される現業員就業規則が施行され、それが昭和五三年六月一日施行の本件就業規則に改正されたものであるが、既に現業員就業規則において、五五歳停年制が明記されていた。

停年の定めがないということは、雇用継続の可能性があるということ以上には出ないものであり、被申請人において昭和四七年九月に名古屋支店現業員の停年を五五歳と定めたからといって、既得権侵害の問題を生ずる余地はない。

また、申請人の入社時には、本社採用の職員でさえ五五歳停年制をとっていたものであり、職員に比して簡易な手続で採用される支採者に対して職員を上回る雇用を保障するはずがなく、現業員就業規則及び本件就業規則は、これを明文化したものにすぎないから、就業規則の不利益変更にはあたらない。

(二) 同(二)(1)の事実及び(2)のうち支採者で組織された労働組合がなかったことは認め、その余の主張は争う。

就業規則作成変更に際しては、当該事業場のすべての労働者のうち過半数を組織する労働組合の意見を聴けば足りるのであり、被申請人は労働基準法九〇条一項の手続を履践している。また、就業規則の作成及び施行について労働基準法所定の手続の懈怠があったとしても、当該就業規則の効力がこのために左右されることはない。

(三)(1) 同(三)(1)の事実は否認する。

(2) 同(2)のうち職員就業規則に停年年齢六〇歳の定めがあることは認め、その余の主張は争う。

申請人は、昭和四四、五年ころ、職員への中途採用試験を受け、不合格になっているものであり、自分が支採者であることは十分認識していたはずである。また、被申請人名古屋支店では、日常業務処理に資するため、事務業務に携わる者に規程集及びその追録を配布しており、申請人がその配布を受けていたからといって、申請人が職員就業規則の適用を受ける理由にはならない。

(四)(1) 同(四)(1)のうち、現在職員の停年年齢が六〇歳であることは認め、その余の主張は争う。本社採用の職員と各支店採用の支採者との間には、採用、職務内容、転勤・出向の地域的範囲に重大な差異があり、停年年齢に差を設けることに合理性がないとはいえない。また、高年齢者雇用安定法における六〇歳以上への停年年齢引き上げの要請は、事業主の努力義務を定めるものにすぎず、いつ、どのように引き上げるかは、事業主の裁量に委ねられている。被申請人は、職員と支採者との右差異に鑑み、職員の停年年齢を先に延伸したものである。

(2) 同(2)のうち、申請人主張の支店において、停年年齢を満六〇歳と定める就業規則が存在することは認め、その余の主張は争う。

就業規則は事業場ごとに作成するものであり、各事業場の実態に応じて差異を設けることに違法性はない。また、東京支店、関東支店、横浜支店、北陸支店、九州支店の支採者の停年年齢は、名古屋支店同様五五歳である。

(五) 同(五)のうち、(1)の事実は認め、(2)の事実は否認し、主張は争う。

昭和四八年一一月に被申請人とフジタ工業職員労働組合との間で職員と業務員の停年を六〇歳とする労働協約が締結されたが、右締結当時(同月一五日時点)の名古屋支店の全従業員六三六名中、六〇歳停年の適用のある職員組合の組合員は三三五名にすぎず、その適用率は約五二・七パーセントにとどまる。また、申請人の停年退職日の直近である平成元年一一月一五日時点の名古屋支店全従業員三四八名中、六〇歳停年を適用される者は一八九名にすぎず、その適用率は約五四・三パーセントであり、いずれにしても労働組合法一七条の定める四分の三以上という要件を充たしていない。

また、職員と支採者との間には雇用形態に差があるうえ、職員組合は支採者につき組合員資格を認めておらず、支採者に職員組合の労働協約の適用を予定していないから、支採者は職員と同種の労働者とはいえない。

3  同3のうち、原告の家族構成及び原告の妻の収入額は認め、支出額は否認し、生活に困窮するとの主張は争う。

平成元年四月時点の名古屋市における四人世帯の標準生計費は一か月金二六万八一〇〇円であり、妻の平均月収が五八万六〇〇〇円である申請人について、保全の必要性は認められない。

当裁判所の判断

一  被保全権利

申請の理由1の事実については当事者間に争いがないので、以下、本件就業規則の効力等に関する同2の各主張につき判断することとする。

1  申請の理由2(一)について

申請人の入社時に名古屋支店支採者に適用される就業規則がなかったこと、その後就業規則が作成され、停年年齢が満五五歳と定められたことは当事者間に争いがない。右停年条項がいつ定められたのかにつき、当事者の主張が対立しているが、疎明資料ことに疎乙第三号証(フジタ工業株式会社名古屋支店現業員就業規則(略))の体裁及び記載内容によれば、昭和四七年九月一日施行の現業員就業規則によって定められ、そのころ周知されたものと認めることができ、(証拠略)によれば、右就業規則の届出書類は、現在、名古屋北労働基準監督署に保管されていないが、右認定を覆すに足りない。また、疎明資料によれば、本件就業規則は、右現業員就業規則施行後に作成され、昭和五三年六月一日から施行されているが、停年に関する条項は、「三〇日前に予告して」との文言が削除されているほか、全く同一であることが認められる。

そこで、まず右現業員就業規則が申請人に適用されるか否かにつき検討するに、労働契約に停年の定めがないということは、雇用期間の定めがないというだけのことで、労働者に終身雇用の既得権を認めるものではない。もっとも、申請人は、入社時に尾田総務課長から、支採者には停年がなく、六〇歳でも七〇歳でも働くことができると聞いていた旨主張し、これに沿う陳述書を提出するが、右陳述内容は、これを否定する尾田満の陳述書(<証拠略>)に照らしにわかに採用しがたく、他にこれを疎明するに足りる資料はない。また、停年制自体は一概に不合理な制度とはいえないものであるところ、疎明資料によれば、昭和二三年に作成され、昭和四八年一一月三〇日に改正される前の被申請人職員就業規則においては、本社採用の職員についても停年を満五五歳と定め、上記現業員就業規則と同一の規定をおいていたこと、右現業員就業規則の停年条項には、「会社が必要と認めた者はこれを延期することがある」との特則が設けられていることが認められ、さらに昭和四七年当時の産業界の実情をも考慮すれば、右現業員就業規則の停年条項は合理性を備えたものであり、申請人が同意していないことを理由としてその適用を拒否することは許されないものである。したがって、右現業員就業規則と同文の本件就業規則中の停年条項についても、同様に解することができる。

のみならず、疎明資料によれば、申請人は、昭和五八年一月一九日に執行委員長としてフジタ工業労働組合を結成し、その後、副執行委員長に就任したが、右労働組合は、同年一一月一五日及び昭和五九年二月一八日の二回にわたって、被申請人に対し、名古屋支店支採者の停年年齢が五五歳であることを前提として、これを六〇歳まで延長するよう要求していることが認められ、右事実によれば、申請人は、本件就業規則の停年条項につき、黙示的に同意していたものと解することができる。

したがって、いずれにしても2(一)の主張は理由がない。

2  申請の理由2(二)について

本件就業規則が、支採者の加入を認めていない職員労働組合の意見を聴取して作成されたこと、当時、職員労働組合員が名古屋支店の労働者の過半数を占めており、支採者で組織された労働組合がなかったことについては当事者間に争いがないところ、申請人は、本件就業規則作成にあたり、支採者の過半数を代表する者の意見を聴取すべきであったと主張する。しかしながら、労働基準法上の手続としては、当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合があれば、その意見を聴取することで足りるのであって、被申請人の右手続は、妥当であったか否かはともかくとして、違法とまではいえない。また、労働組合等の意見聴取の有無は、就業規則の効力を左右するものではない。

したがって、いずれにしても2(二)の主張は理由がない。

3  申請の理由2(三)について

疎明資料によれば、申請人は、昭和四四年ころ、職員への中途採用試験を受けたが不合格であったこと、職員就業規則は、事務処理に資するため、作業所事務をしている支採者にも配布されていたこと、申請人は作業所事務を担当したことがあることが認められ、右事実によれば、仮に申請人主張の事実があったとしても、申請人に職員就業規則が適用される根拠とはならない。

したがって、2(三)の主張は理由がない。

4(一)  申請の理由2(四)(1)について

職員の停年年齢が満六〇歳であることは当事者間に争いがなく、職員の停年年齢と名古屋支店支採者のそれとの間に五歳の格差が認められるが、労働基準法三条にいう社会的身分とは、生来の身分を意味するのであって、雇用契約の内容上の差異から設定される契約上の地位は社会的身分に含まれないから、職員と支採者との間の停年年齢の差異は、同条に違反するものではない。

次に、本件就業規則中の停年条項が、均等待遇という公序に反し、民法九〇条により無効といえるかどうかについて検討するに、被申請人は、職員と支採者との間には種々の差異があると主張するところ、疎明資料によれば、以下の事実を認めることができる。職員は、本社において筆記試験・適性検査・役員面接等の審査を経て社長決裁により採用され、人事・労務・総務・営業・企画・開発・経理・財務・建築・土木・海外勤務等各種の職務を担当遂行するよう求められ、国内国外を問わず、転勤・出向を命じられた場合には、正当な理由なく拒むことができず、給与については職務給職能給が導入され、資格・役職に応じて給与が支給されている。一方、支採者は、支店各部の管理職面接のみで支店長決裁により採用され、職員の指揮下で主に補助的業務を遂行している。申請人に関していえば、作業所において、作業員の危険な行動を注意したり、場内の片付け、作業日誌作成等の安全管理業務の一部を行っていたものである。また、支採者には支店管轄地域内の異動しか行われず、給与は年齢給が主体となる。

右事実によれば、職員と支採者とでは、採用方法も異なり、職務内容も相当に異なるのであるから、停年年齢に差異を設けたことをもって、均等待遇という公序に反するとまではいえない。また、昭和六一年に改正施行された高年齢者等の雇用の安定等に関する法律四条は、事業主に努力義務を課したものにすぎず、五五歳という停年年齢を定めていることが直ちに公序に反するとは認められない。

(二)  申請の理由2(四)(2)について

被申請人大阪支店事務・技術職就業規則、広島支店雇就業規則において、停年年齢を六〇歳と定めていることについては当事者間に争いがないが、就業規則は各事業場ごとに作成されるものであり、他の事業場と異なる定めをしたからといって、労働基準法三条違反にならないことはもちろん、採用・勤務・給与等において全く同一である等の事情がない限り、直ちに均等待遇という公序に反するとはいえないところ、右前提事実については疎明がない。なお、疎明資料によれば、被申請人東京支店、横浜支店、九州支店等多数の支店において、就業規則で停年年齢を五五歳と定めていることが認められ、名古屋支店においてのみ、低い停年年齢が設定されているわけではない。

したがって、2(四)(1)、(2)の各主張はいずれも理由がない。

5  申請の理由2(五)について

昭和四八年一一月ころ、被申請人とフジタ工業職員労働組合との間で職員と業務員の停年を六〇歳とする労働協約が締結されたことについては当事者間に争いがないところ、疎明資料によれば、右協約締結当時の名古屋支店の全従業員六三六名中、六〇歳停年の適用のある職員組合の組合員は三三五名であり、その適用率は約五二・七パーセントであったこと、申請人の停年退職日の直近である平成元年一一月一五日時点においても、名古屋支店全従業員三四八名中、六〇歳停年を適用される者は一八九名であり、その適用率は約五四・三パーセントであったことが認められ、労働組合法一七条の定める「四分の三以上」という要件を充たしていない。また、同条により労働協約の拡張適用を受けるのは、既にその適用を受けている労働者と同種の労働者である必要があるところ、職員と支採者とでは、採用方法及び職務内容等が異なること、労働組合も別に組織されていることは先に認定したとおりであるから、両者を同種の労働者ということはできない。したがって、2(五)の主張も理由がない。

二  結論

よって、申請人の本件申請は被保全権利について疎明がないというべきであり、保証を立てさせて疎明にかえることは相当ではないから、本件申請は失当としていずれも却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 後藤眞知子)

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